見出し画像

小学校でのタブレット活用授業。10年前と変わった大きな変化とは。

一昨日はある小学校でのICT活用の校内公開授業でした。学習支援システムCラーニングを導入して数ヶ月程度の学校です。10年前の武雄市でのタブレット活用授業と現在の違いを考察してみます。
ICTの活用どころとして以下の3点があります。

”導入”:つかみでの、アンケート集計提示(反転授業運用含む)
”展開”:調べ学習での、PDFファイルや写真、URLで補助教材の提示
”まとめ”:協働板等での、意見の表明と学び合い

このあたりのICT活用どころは10年前と大きく変わりはありません。運用の細かい違いはあれど、基本的にタブレット活用の目的は同じです。

あおい

一方で子供たちの動きを観察すると大きな違いを発見しました。それは

・すでにタブレットを使いこなしている児童が多い

という事実です。
例えば、資料の拡大・縮小はお手の物ですし、教えなくてもgoogleやyahoo検索ができる児童も多くいます。片付けもお手の物です。間違いなく家庭で使っている子が多いと予想されます。

また教員の動きを観察しても違いがあります。それは

・コントロールしすぎないファシリテーション

です。
10年前の武雄市の小学校では、タブレットを使うタイミングも明確に指示していて、机から出し入れすることまで教員がコントロールしていました。脱線や混乱を避けるため、安全第一で運用していた部分もあるかと思います。(全国初で全児童生徒に一人一台のタブレットを配った先駆的な導入でしたので当たり前です。先生方は本当にがんばっていらっしゃいました。)

今回見た授業では、自然に教科書やノートと同じようにタブレットが常時机の上に置かれていました。もちろん教員が指示することもありますが、児童たちは自分が必要とするタイミングでタブレットを道具として使っていました。(机はちょっと狭いので、教科書が机から落ちるシーンは何回か見受けられました。少し気をつければ大丈夫なので、これはすぐ慣れるでしょうね)

教科単元のねらいも、10年前よりも生活に密着した内容となっており、教員の授業のデザインによって、より身近なテーマとして取り組めように工夫されています。よって児童たちがアップした意見や資料がそのまま教材となり、授業に深みが生まれていました。

さらに、大きな変化を感じたことがあります。それは

・教科書の位置付けの変化

です。
これからの教科書とは、教員のために「学習目標や方向性を示すもの」にすぎなくなるのではと感じました。もちろん教科書自体は極めてよくできているので上から順番にやっても理解はする児童はいるでしょう。テストでいい成績をとるためだったら、それでいいと思います。

ただ児童たちの生きる力を育むという観点にたったとき、より生活に密着した生きた素材を使うことで、児童たちの前向きな態度を引き出し深い学びに導かれていくはずです。もはや真の教科書とは、児童・生徒たちと一緒に作るものだと、考えを大転換してもいいのかもしれません。

GIGAスクールは始まったばかりですが、学び合いを活かしながらの個別最適化が進むのは間違いないと思われます。しかし本当の意味での時代の変化に応じた教育転換を実現するためには、児童・生徒の小さな「気づき」を見逃さずにその瞬間瞬間のライブ感あるファシリテーション技法が必要なのは間違いありません。教え込むのに都合の良い児童を差して、正解を引き出しきれいにまとめあげる授業ではなく、ICT活用によって小さな声(でも大事な気づき)も平等で扱われる授業が可能であるということです。

よって、ICT活用授業を価値あるものにするには、教員がその単元のもつ学習目標を深く理解しているかが勝負どころと考えます。そのためには、教員の普段からの教材研究がより重要になってきていると感じました。

以上10年前と今の違いで気づいたことを書き記しました。

今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!